ベルの不等式とか因果律

そういえば、院試の行きのバスの中で考えてたことを思い出したので、一応書いておく。


ベルの不等式が破れていることはみんな知ってるよね?!(誰?
これが意味しているのは、系の状態は(やはりと言うべきか)観測するまで決まっていないということ(波動関数の収縮のこと)。これは量子力学では当たり前のことだがなんで今更こんなことが問題になっているのかといえば、それは波動関数の収縮が瞬間的に起るという描写がアインシュタインの局所原理を守っていない様に見えることからくる。つまり、「空間的に離れた場所でなされるいかなる出来事も影響を及ぼさない」みたいなのがアインシュタインの局所原理だった気がするんだけど、スピン相関を調べる実験(例えば2つの電子AとBの角運動量が保存している場合)で、Aを↑で観測した場合にBが絶対↓だと観測する前から決まるが、この「Aを観測」から「Bが↓だと決まる」というのが、空間的に離れた場所に影響を及ぼしている(様に見える)のだ。このときに、実は最初からAとBの状態は「何か」に決まっていて、それを観測したらAの観測がBを決めているように見えているだけじゃないかと、普通考えるのだが、これを否定するのがベルの不等式の破れなのだ。


で、もし、Bを観測する人がスピン↓を観測したらショックで死んじゃうとしたら、Aが↑だと観測した人はBを殺したことになる(と思う)。だって、Aが観測するまではまだどっちの状態か決まってなかったわけだし。でも、AとBが空間的に離れている場合見方に依ってどっちでも先に起った出来事になれる。つまり、「Aが観測して、Bが死ぬ」のと、「Bが死んで、Aが観測」ってのがどっちでもいいことになっちゃうんだけど、これは、例の、死んでからピストルを撃ったから殺人の罪は問われない的なことにならないのかなーって思ったんだけど、どうだろう。まぁ、わざわざ人を殺さなくても
いいんだけど、スピンの観測する順番なんて普通どっちでもいいと思っちゃわない?まぁいいんだけどさ。でも考えたら、この場合、放っておいてもBを観測する人は1/2の確率でで死んじゃうんだよね。まぁ、結局は、一見因果関係が変に見えるってことしか言えない。


全て、「変に見える」のはやっぱ波動関数の収縮の描写を量子力学が内包できてないことからきてる。アイシャム先生の言葉を借りれば、「現在の量子論は全く基本的な理論ではない。それはせいぜいある種類の系に対して、外部からある種の操作を行った結果を予測するための、道具論のための道具である。」ってことだ。